辺境にて

南洋幻想の涯て

甘い香りのする呪縛

 トラボルタの親類が亡くなった。遺された畑を彼が継ぐ事になったのだが彼には農業の心得が全くない。だから私と魔王に師事したいと言う。

 最初は私に相談が来たので農業なんて辞めておけとアドバイスをした。移動の自由を失い休みもなくなり植物に仕えるだけの一生なんて惨めなものだ。魔王のように園芸趣味と引き篭もりがちな性質があれば天職でもあろうが。

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ベンガル嬢。

 しかし畑は身内にやらせたいと彼の親族が決めてしまったのだそうだ。そして彼の一族の内この離島にいる若者は彼しか居ない。

 こうしてジョン・トラボルタは農業を始める事になった。継いだ物はタンカンマンゴーだ。

 

 魔王は農業委員だからトラボルタの親族が亡くなった時、権利の整理のためその農地は既に見に行っている。死を前に畑の世話も出来ず特にタンカン畑が荒廃しているそうだ。

 トラボルタに頼まれたので魔王と私は改めて農地を見に行った。と言っても私は、農業に関してはいずれ継がなければならない、と言う理由だけで被った労苦として消極的にやっているのでさして詳しくもない。

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ベンガル嬢。度々出てくるが特に意味はない。

 だから同様に、後継ぎに指名されたから継ぐに過ぎない、しかも生真面目な私と違い典型的島人気質の彼の農地がこれから辿る運命は予想がつく。

 なので農業の補助金などは貰わず、いつでも辞めれるようにしておいた方が良いと進言した。

 私はもう補助金で農業資材を買ってしまった上にろくな収入もないので資金を返す事も出来ない。引き返せない。

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 彼の継いだタンカン畑は立派な防風林もあり、またそもそもの風当たりも弱そうな悪くない畑であった。しかし肝心のタンカンがほとんど枯れている。元の持ち主が病臥している間にカミキリムシにやられたようだ。


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 マンゴー畑は枝が伸び放題で急ぎ剪定しなければならない。

 そして手入れをし易いように木は低く仕立てた方が良いのだが、ここのマンゴーは樹高が高い。これは今更どうにもならない。

 魔王曰く、このマンゴーは亡くなった持ち主が植えた物ではなく、亡き彼もここを継いだ二代目に当るのだそうだ。そしてその継いだ時からすでに木が高かったらしい。ここからどこまで低く仕立てられるかが課題だ。

 剪定は八月中にする事になっているが都合のつかないまま九月に入ってしまった。そして魔王は一方的に最初の日曜日に剪定へ行くことに決めた。彼は趣味の園芸が絡むと腰が軽い。その軽さは私の労働者としての権利とちょうど釣り合っている。

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幼ドラゴンのうち、棚に到達した物は天辺を切る。すると切り口から新たな枝?が数本出るのでそれを棚に仕立てる。

 その前に廃校でトラボルタと飲んだ。やはり私と同じく農業には積極的ではないが今はどうしようもない。気が付けば土地に縛られていた者同士、自棄になったブラックな冗談が飛び交った。

 釣りが大好きな彼は、どうせやるなら船を買って漁師や釣り船が良かったとこぼした。

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トラボルタは浦島太郎のような髪型をしている。

 

 翌朝は9時からの約束だった。しかし非社会人の魔王に約束など無効で、朝が涼しいからと7時に行ってしまった。事後連絡の来た私も慌てて追いかけ、私は7時半から加勢した。


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トラボルタが継いだハウスは型が古いらしい。私には違いが分からないが。

 トラボルタは母を職場に送らなければならなかったので8時過ぎに来た。魔王と共にトラボルタに剪定のやり方を教え、3人で黙々と切った。

 聞こえるのは鳥の囀りと鋏の音。こういう時間は悪くない。剪定は10時過ぎに終わった。


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左、剪定前。右、剪定後。

 そのまま3人でスュリへ行き、ラーメンを食べながら今後の話などし、解散した。

 もはや休日感などはない。昼からは自分のタンカン畑の草刈りをしてしまおう。

 だがその前にまずは昼寝だ。ハンモックへと上り、睡魔がやってくるまで天頂のアダンの葉から透ける光を眺める。

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 魔王に真面目に質問をしていたトラボルタは、一応は畑を続けるつもりがあるように見える。

 私の周囲の農業仲間というのは大ベテランか、自ら始農した、つまり一代目の意識が高く熱意もある者ばかりで正直ノリに着いて行けない。たまに宗教がかってさえ見える。

 だから境遇の似たトラボルタの存在──後継ぎとして受動的に始める事になってしまった。というのは、私にとってある種の救いになるかもしれない。

 …しょうがないな。辞めないように時々は手助けしてあげよう。