辺境にて

南洋幻想の涯て

縁開

 こちらの行事は基本的に旧暦本位制である。8月22日は旧の七夕だ。集落作業中に区長からそう聞いた。確かにここ最近伐採の仕事をしていると竹を切りに来る人に出くわす。数本切る人は自家用、大量に切る人は町へ売りにいくのだろう。

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私の願い事は「妹に逢えますように」だ。切ない。

 内地の七夕のように短冊に願い事も書くが、ここでは竹竿が先祖が帰る目印になっているようにも聞いた。はっきりと憶えていない。前日の廃校パーティの酒が残った頭で聞いたためだ。

 パーティは西の港(旧東の港)界隈の人達とおこなった。内2名は移住者だ。よく遊びに来る島の子トラボルタも誘ったが、彼は移住者に少々警戒心があるようだ。

 東の港(旧西の港)界隈の彼にとっては、島人T兄ぃを除いて付き合いのない面子だったのもありやはり一旦は断った。私も初めはそうだったが特にヒンジャ髭の移住者への警戒心は根深い。

 だが当日に彼は翻意しやって来た。良かった。食わず嫌い解消への大きな一歩だ。しかし肝心のヒンジャ髭Yちゃんが来られなかった。なんてこった。

 楽しい夜は過ぎ、冒頭の集落作業の日に戻る。酒が残っておりふらふらだ。どうにか作業を終え学校へ帰る。トラボルタはまだ眠っている。歯軋りがうるさい。

 洗い物をしているとトラボルタが誰かと話している声が聞こえる。歯軋りの次は寝言か。と思っていたら私を呼び始めた。洗い物の手を止めリビングへ行く。

 掃き出し窓の外に山賊のお頭がいる。肉を呉れると言っている。…肉?この後お頭は本島側へ祭りに参加しに行くのだそうだ。弟子の火星人に着ぐるみを着せてデビューさせると言っている。

 面白い事になりそうだから付いていこうとしたが、洗い物の続きをしている間に去ってしまった。因みに火星人はこの時の祭りで屋外なのに靴をなくしたそうだ。器用な奴だ。

 呉れるとか言う肉はトラボルタが預かっていた。何故こんなものを持っていたのだろうか。何故呉れるのだろうか。

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やばそうな肉を手に入れた。

 その後はトラボルタの変な軽トラでニッシャムロへ行った。しばらく海で貝殻を拾い、昼食を食べ、また廃校へ帰って解散した。

 もう今日は飲まずにゆっくりと過ごそう。まずは一眠りだ。

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助手席に乗って恥じらいを学ぼう。

 夜、寝る前のひと時、本を読んで過ごしていると集落の区長から電話が来た。桟橋から皆で祭りの花火を観るから来んか?とのお誘いだった。楽しそうなのでトラボルタキープのビール2本を勝手に持ち出し桟橋へ出た。


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 桟橋ではゴザと長机が出ており、集落の10名程が料理を摘みながら一杯やっている。私も腰を下ろして料理を食べながらビールを飲んだ。夜風が心地よい。ビール2本では物足りなかったので校長室へ焼酎を取りに戻った。肝臓よ許してくれ。


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桟橋飲み限定、アレクサに命じ、遠くに見える校長室の電気を明滅させる隠し芸を披露した。ウケたためしがない。

 打ち上げ花火といえば人間のぎゅうぎゅう詰めが定番だがここには同じ集落内の知った顔しかいない。これには秘密がある。

 実はここから花火は見えない。花火が見えないから誰も来ず、故に広々とした場所を占有できるのだ。頭いい。

 そして音だけを愉しみそれを肴に酒を飲む計画だ。粋である。何がだと訊ねられれば返答に困るが。

 勿論相手によるが宴というものは本当に良いものだ。海を覗き込み魚の話をしたり、夜空を仰いで星の話をしたりしながら花火を待つ。

 スュリには縁開所(えんかいじょ)と名付けられた茶室程度の小屋がある。

 昔、ある冬の日に弟や誰か数人とここでヒンジャ汁を食べた事があった。いつ頃のどういう集まりであったのか今はもう思い出せない。だがヒンジャの鍋を中心に胡座をかいている場面と、汁が美味しくとても暖まった事は今でもその小屋を見る度に思い出される。

 私のいる廃校も縁開所になれるだろうか?いや、ここはきっとそうなる。この場所はかつて小学校だったからだ。一生の縁がここでたくさん生じて来ただろう。また、これからもそうなる。

 しかし小学校で飲酒をして良いのだろうかという疑念は残る。

 

 花火が始まった。向こうの夜の岬に隠れ、その辺りの山肌が花火色に染まる様子しか見えない。山火事のようである。所有する釣り船を出して観ている人も居る。偶に高いのが打ち上がればその頭が見え、拍手喝采が沸き起こる。

 桟橋の街灯は祭りが終わりしばらくすれば自動消灯してしまう。それまでの短く儚い時間。

 

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