辺境にて

南洋幻想の涯て

縫いあと

 左脚の膿は島の先生に診て貰った。抗生物質を貰い、また校長室にこもる。学校に引きこもって実家に働きに行かないと言うのもおかしな話だ。

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 膿は、縫いあとの糸の通っていた所とその脇の皮下に見える。糸の穴を強く押してみると膿が出た。皮下の膿も浅い所に有るようなので針で刺した。かなり排出できたようだ。念のために消毒液を塗った。

 

 傷の膿む前日、スュリの屋敷の材料置き場を半分に整理縮小した。解体した屋根や骨組みからも使えそうなものは選り分け、小さくなった材料置き場にしまっておく。

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縮小前は右奥の脚立ぐらいまであった。

 選に漏れた焼却予定の古材から虫に食われていないものを貰う。療養でまた学校にこもり、下校拒否を決め込む暇に机を作ろう。

 木製のダイニングテーブルなんて買えば高額だが廃材で作れば0円だ。ビスもステンレス製の物をあちこちで拾って集めてある。なるべくそれを使おう。こんな事をしていると意識の高い人に褒められそうだ。単なる吝嗇からの行動なのだが。古材廃材を切って鉋とヤスリがけをし、持ち帰る。


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褒めるなら今、今ですよ。

 仮組みをしてビスをとめる場所と順番を考える。


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 庭で使うためなので白い防腐ペンキを塗る。脚にも塗ったろか。

 

 膿歴第2日。縫いあとも良くなったように思う。良くなっていないかも知れないが退屈すぎてこれ以上引きこもれない。畑に行く。


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机はイメージだけで適当に作った。強度が足りずぐらぐらする。魔王木工棟梁に相談して改修案を貰った。補強のためにさらに材料を拾わねば。

 最近暖かくなったためか、幼ドラゴンにも新芽がたくさん出始めた。折角出た新芽をティンダリに食べられては堪らない。時間さえあれば彼らと戦っている。捕らえたティンダリは屋敷前の海に撒く。魚の餌場になり釣れやすくなるかも知れない。

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魔王とトラクターの整備もした。

 今日は魔王のドラゴンの世話もした。こうしてなし崩し的に事実上のドラゴン飼育係になって乗っ取ろう。

 それから屋敷や小屋の防腐剤を塗り直す。防腐剤は流石なもので、もう10年ぐらい前に塗ったのに、木材はまだまだ腐らず風雨に耐えている。脚にも塗ったろか。


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 こんな風にまた数日過ごすうち、元々大して痛みのなかった傷のことは次第に忘れていった。うっかり川に入って水源地の保守へ行ったり、重いものを持ったり走り回ったり、つい普段通りに体を使ってしまう。しかしもう何ともない。抜糸後10日間は縫いあとが開く可能性があると聞いたが、もう大丈夫な気がする。膿らしきも絞り出して以降はみえない。

 それよりいい加減日銭も稼ぎにいかなければ私も作物も食い詰めだ。まずは一番世話になっているT産業へ連絡をする。ここに仕事が無ければ山賊のお頭や他社に聞いてみよう。

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大根とジャガイモの時期だ。あちこちで貰うので食事はこればかりだ。味噌汁など汁より大根の方が多い。肉が食べたい。

 

 …T産業のフレンドリーな幹部に電話は繋がらなかった。またパチンコだ。1時間ほど小屋に防腐剤を塗っていると折り返してかかってきた。電話に出る。

 

 幹部は「実は」と切り出してから少し沈黙し、それから、ガラスの破片でも拾い集めるように慎重な様子で言葉を継ぎ足し始めた。

 「社長が倉庫で倒れていて」

 「え?大丈夫なんですか?」

 「ドクターヘリで県病院に運んだけど、脳死状態で…今H兄ぃ(寡黙な幹部)とバタバタしてる」

 「…わかりました、私にも手伝える事があれば言って下さい」

 「ありがとう、また何かあれば連絡する」

 

 ──社長が脳死状態になった。

 

 しばらく頭が真っ白になった。脳死という重い単語とあの軽い社長がどうしても結びつかない。現実感が少しも無い。

 社長は倒木に弾かれ70針縫っても平気なのだ。他にもあちこちに縫いあとがあると私によく自慢した。ハブに咬まれても病院へも行かず、そのまま治した事も有ると聞く。それにまだ50代だ。またしぶとく復活するだろう。ろくでもない冗談ばかり言う人なので、今度は臨死体験の話など作って私をからかおうとするに違いない。どんな馬鹿馬鹿しい出鱈目を考えつくだろうか。

 それから、脳死の回復について検索して、脳死というものが絶望的な状態である事を知った。

 

 こんな事まで果たして書くべきか迷ったが、いつか私が年老いるまで生きていたら、その時の気持ちや考えを知りたくなるだろうから書き残した。